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新聞配達人は「浪江町の見守り人」
〜鈴木新聞舗 鈴木裕次郎(すずき ゆうじろう)さん〜


鈴木裕次郎さん

浪江町で祖父の代から続く新聞店の三代目。大震災の翌日も「こんな時こそ情報を」との思いで避難所にも新聞を届け、人々が食い入るように読んでいるのを見て新聞の役割を改めて実感したといいます。6年間、避難指示区域になった町は2017年の春に解除。その2ヶ月前に業務を再開して2年になる鈴木さんにお話を伺いました。

編:避難中はどちらでお過ごしでしたか。

福島市や新潟市などを転々とした後、以前お世話になった東京の新聞店で1年間働きました。東京では郵便受けにたまった新聞から、お年寄りの孤独死の可能性を通報する事が度々あり、隣の人が亡くなってもわからない都会の現実を知りました。人の繋がりを大切にする浪江ではありえない事でしたね。

編:浪江町で業務を再開した決め手は。

東京から福島に戻った時は廃業を考えていました。準備宿泊が開始された年に、役場には「新聞も届かない町に帰れない」という声が町に寄せられて再開を要望されました。震災前の契約部数は3,200部でしたが避難指示解除後の予想帰還人口は約千人と聞き、採算が合わないと思い悩む中で頭をよぎったのは震災翌日に新聞を求める人々の姿と、都会で孤独に亡くなっていく高齢者の事。情報インフラの要として「誰かがやらなければ」という使命感で踏み切りました。

編:実際に再開してみて如何でしたか。

予想より遥かに住民が戻って来ていない現実には正直、まいりました。避難解除した年の4月は40部、初年度は100部未満で、2年経った今は約150部を南相馬市から毎日通って一人で配達しています。家族と浪江に住んで妻も業務を支えたいと言っているのですが、一昨年に生まれた子供の預け先や、スーパーも無い中で暮らすのは難しいです。

編:配達だけでなく集金もお一人ですか。

意外にこれが時間がかかるんですよ。震災前では考えられない事ですがお茶を飲みながら1軒30分以上お話を聞いたり、町の様子が細やかに感じられる時間になっています。昨年から町内で再開したお店を紹介するかわらばんを作って配布しています。戻ってくる人がいれば今まで発行した分も添えて喜ばれています。浪江町で業務を再開した事は、正解だったのかは今でも解りません。やれるだけやって駄目なら仕方がないですが、それまで故郷の為に頑張っていきたいです。


鈴木さんが発行している「かわらばん」

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