
岩手県盛岡市で7つの会社を創業、現在は会長として携わりながら、震災の記憶をヴァイオリンを通して伝える活動と、教育を通して社会貢献を続ける又川俊三さん。花巻東高校の理事をしていた時に伝えた「願いを実現する手法」は、後に2人のメジャーリーガー誕生の一助を担いました。新年1月に南相馬市で開催される講演会を前にお話を伺いました。
高知県で生まれ、会社の東北支社の支社長として赴任していた盛岡で根を下ろしました。67歳の時、70歳で引退しようと考えていた矢先の大震災。その1週間後、妻の仕事の関係で縁の深かった大槌町に訪れた時の事は忘れられません。避難所で出会った少女が、自分の家族の安否もわからないのに、周りの人たちを励ますポスターを友達と一緒に手書きして公民館の掲示板に貼っていました。「スマイル」というタイトルの下に「みんなで助け合って笑顔でがんばっていきましょう。そして、その笑顔で周りの人に元気を与えて下さい」と書かれていました。こんな大変な時に「今」自分ができることを精一杯やっている子どもがいる。引退なんかしていられないと思いました。そんな中でTSUNAMI VIOLINプロジェクトの実行委員会を立ち上げるので会長になって欲しいという依頼がありました。陸前高田市の被災した松と楓、瓦礫からバイオリンを作って千人の演奏家によって奏で、震災の記憶を語り継いで行く活動です。
日本中でいつまた大きな地震があるかわからない中で大事な取り組みだと思い、会長を引き受けました。震災から1年後に開催した1回目の演奏会から2025年12月の時点で886人が演奏しました。1月の南相馬市原町区での講演会では、そのヴァイオリンでの演奏も披露しますので、たくさんの方に聴きに来て欲しいです。
会長職になる前、会社経営を学んでいく中でコンサルタントの松村寧雄氏が考案した「マンダラチャート」を取り入れました。人生や経営の目標を実現する為の具体的なトピックをを9×9マスに分解して書き出したものが仏教画の曼陀羅(マンダラ)のようであった事から名付けられたそうです。これは教育にも活かせると思い、花巻東高校の先生達に伝えました。受講生のひとりだった佐々木監督が野球部員達に伝え、その中にいた菊地雄星選手も、その3年後に入学してきた大谷翔平選手もチャートを書いています。目標を明確にした事で努力の方向性を具体的に示し、成果を出したのが彼らだと思います。現在2つのフリースクールと1校の学校法人(高校)を運営していますが、日本中で問題となっている働き手不足や大人の引きこもりの原因は、小学校から始まっていると痛感しています。子ども達が希望を持って生き、幸せという成果が得られるような手助けをこれからも続けていきたいですね。